動画制作の時間、その多くは「作業」に消えている——「制作」と「作業」を分けて考える
動画づくりが続かないのは、才能や根気の問題ではないかもしれません。企画や構成という"制作"と、字幕打ち・タイミング合わせ・書き出し設定という"作業"を、ひとつの「動画編集」としてまとめて疲れているだけかもしれない。この2つを切り分けて、自分の時間がどちらに消えているかを見直すという話です。
動画づくりが続かない人は、たいてい「編集が大変だから」と言います。自分もそう言っていました。でも、しばらく作ってみて思ったのは、「編集が大変」の中身は、実は2つの全然ちがうものが混ざっている、ということです。
ひとつは、何を話すか・どういう順番で見せるか、を決める仕事。もうひとつは、決まった内容を字幕にして、タイミングを合わせて、書き出す仕事。この2つを「編集」というひとつの言葉でくくって、まとめて疲れている。ここに、動画づくりが続かない理由のかなりの部分があると思っています。
この記事では、前者を「制作」、後者を「作業」と呼んで、意識的に分けて考えてみます。分けると、自分の時間がどこに消えているかが見えてきます。
「制作」と「作業」は、実は別の仕事
まず言葉の定義をはっきりさせます。
- 制作=価値を生む仕事。企画、構成、話す内容、見せ方、間の取り方。その動画が面白いか・役に立つかを決める部分。ここは代わりがきかない。あなたにしかできない。
- 作業=価値を生まない繰り返し。字幕を打つ、タイミングを合わせる、テロップの位置を直す、書き出し設定を選ぶ。やらないと動画は完成しないけれど、うまくやっても動画そのものは良くならない。
大事なのは、この2つは頭の使い方が逆の「別の仕事」だという点です。制作は発想と判断、うまくいくと楽しい。作業は正確さと根気、達成感は薄い。性質が逆なのに、編集ソフトの上では地続きなので、私たちは1本の作業だと錯覚します。
そして厄介なことに、時間を食うのは圧倒的に「作業」のほうです。話す内容を10分で決めても、それを字幕にして合わせる作業に何十分もかかる。制作の楽しさを、作業のだるさが上回っていく。これが「編集が大変」の正体だと思います。
「編集が大変」は、たいてい「作業が大変」
ここで一度、自分の作業を思い出してみてください。あなたが「動画編集きつい」と感じた瞬間は、具体的に何をしていたときでしょうか。
自分の場合、はっきりしていました。きつかったのは、ほぼ全部が「作業」の瞬間でした。
- 喋った内容を聞き直しながら、字幕欄に文字を打ち込んでいるとき
- 打った字幕を、映像の音とコンマ何秒単位で合わせているとき
- テロップが顔にかぶるのに気づいて、位置を1個ずつ直しているとき
- 書き出したら字幕がズレていて、もう一度やり直しているとき
逆に「何を話そうか」「どういう構成にしようか」を考えているときに「もう嫌だ」と思ったことは、ほとんどありませんでした。むしろそこは動画づくりで一番おもしろいところです。
つまり、多くの人が「動画編集が向いていない」と感じているのは、制作が嫌いなのではなく、作業に消耗しているだけなのではないか。だとしたら、諦める前にやれることがあります。作業のほうを減らせばいい。制作は好きなままで残せる。
「作業」の代表格が、字幕づくり
作業の中でも、時間あたりの重さがとびぬけているのが字幕まわりです。とくに文字起こしは、体感でわかりやすく重い。
1分の喋りを手で起こそうとすると、1分では終わりません。一度で聞き取れずに巻き戻す、打ち間違いを直す、を繰り返すので、尺の何倍もの時間が溶けていく。このあたりの「なぜそんなに時間がかかるのか」は別の記事に分解して書いたので、心当たりのある人は文字起こしはなぜ面倒で時間がかかるのかを読んでみてください。
そして字幕は、文字起こしが終わってからが本番です。打ち終えた文字を映像に合わせる、読みやすい長さに区切る、位置を調整する。これも全部「作業」です。動画の中身を良くする効果はゼロなのに、時間だけは確実に持っていく。
ここで言いたいのは「字幕をやめよう」ではありません。ショートで字幕は要ります。言いたいのは、字幕は”作業”の中でも特にコスパが悪い時間泥棒だと、まず自覚しておくということです。自覚があると、後で減らす対象として狙いを定められます。
なぜ私たちは「作業」に飲み込まれるのか
問題は、作業が重いことそのものより、制作の時間まで作業に食われることです。
動画を1本作る時間が仮に決まっているとします。作業に時間を取られるほど、制作にかけられる時間は減る。すると次に何が起きるか。「今日はもう字幕合わせで疲れたから、次の企画は明日でいいや」となる。制作=一番価値のある仕事が、作業の疲れによって後回しになるのです。
これが続くと、投稿頻度が落ちます。頻度が落ちると伸びない。伸びないとやる気が落ちる。作業のだるさが、めぐりめぐって「動画づくりが続かない」に直結する。
もうひとつの飲み込まれ方は、作業のことばかり考えるようになることです。「この構成、字幕合わせが地獄になりそうだからやめておこう」と、作業の都合で企画を縮める。本当は制作が主で作業が従のはずなのに、いつのまにか作業が主になって、企画がそれに合わせる。順番が逆転します。ここまで来ると、動画は無難で小さくまとまっていきます。
「制作」と「作業」を分けて、時間を測ってみる
抽象論で終わらせないために、具体的に何をすればいいか。まずおすすめするのは、次の1本で、制作と作業のどちらに何分かけたかをざっくり記録することです。厳密じゃなくていい。「企画・構成に30分、字幕と書き出しに90分」くらいのメモで十分です。
これをやると、たいていの人は自分の配分に驚きます。価値を生む制作より、価値を生まない作業のほうに、倍以上の時間を使っていることが多い。感覚では「編集全体が大変」だったものが、「作業が大変で、そこに時間の大半が消えている」とはっきり見えます。
見えたら、次はこう考えます。
- 制作の時間は、削らない・むしろ増やす。 ここが動画の価値そのものだからです。
- 作業の時間は、減らせないか一個ずつ疑う。 手でやっている繰り返しを、道具や設定で肩代わりできないか。
ここで効いてくるのが、作業の中でも一番重い文字起こし・字幕の下地です。手で全部やるのをやめて「下地を機械に出させて、自分は直すだけ」に変えると、作業ブロックがまるごと縮む。その分を制作に回せる。文字起こしを単なる字幕の材料ではなく、制作全体の起点になるデータとして扱う考え方は文字起こしは、字幕のためだけじゃないに書きました。
作業を「ゼロ」にはできない。でも「減らす」ことはできる
念のため、誤解を先回りしておきます。作業を完全になくせる、という話ではありません。 字幕を最終的に見て直すのは人間ですし、テロップの見せ方の判断は制作寄りの仕事として残ります。全自動で完璧なものが出てくる、という誇大な期待は持たないほうがいい。
現実的なゴールは「ゼロ」ではなく「作る側から直す側へ回る」ことです。ゼロから手で打つのと、出てきた下地を直すのとでは、同じ字幕でも消耗がまるでちがう。前者は作業、後者はほぼ確認です。
字幕やテロップの下地を自動で用意して、人は直しに専念する、という道具は今はいくつかあります。自分もそこを楽にしたくてDogaRunを作りました。動画か音声を入れると、音声から実測した時刻付きで文字起こしの下地が出てくるので、「打つ・合わせる」の作業を「直す」に寄せられます。
![DogaRunの文字起こしパネルの実画面。実際に喋った内容が「[0:00.0] クラウドのアーティファクトが」「[0:01.4] Googleでインデックスされて検索に」のように、秒数つきで一行ずつ並んでいる](/blog/images/dogarun-transcript-timestamps.png)
もちろん誤変換は残るので、固有名詞や数字は人が直す前提です(AIの精度は保証できません)。「AIで動画編集」がどの工程までできるのかは対話型AIには難しいこと、専用ツールにできることに線引きをまとめました。触ってみたい人は、まず手元の素材の音声だけでも入れて、「下地が出てくる」ところだけ試すと、作業が直しに変わる感覚がつかめます。
ただ、道具を何にするかより先に大事なのは、「自分の時間は制作と作業のどっちに消えているか」を一度分けて見ることです。そこが見えれば、減らすべき作業が具体的に決まります。
制作にも詰まりはある——「ネタ切れ」も一人で抱えない
ここまで「作業を減らして制作を守れ」と書いてきましたが、守るべき制作の側にも別のつらさがあります。ネタ切れです。毎回ゼロから「次は何を話そう」を絞り出すのは、作業とは種類のちがう消耗で、解説系を続けているほど手持ちのネタは早く尽きます。
ここでも考え方は同じにできます。AIに決めさせるのではなく、候補を出させて自分が選ぶ。何を出すか(企画の判断)は制作の核なので人が握ったまま、たたき台だけ機械に出させる、という分担です。
自分もここが詰まりがちだったので、DogaRunに「AIブレスト」という企画の壁打ち機能を作りました。チャンネルのコンセプトや、過去に出した動画の文字起こし・台本を文脈として選び、「次のネタを3つ」「1秒フックを強く」「Before/After型で構成」といった相談ができます。過去に自分が実際に喋った内容を踏まえるので、当てずっぽうではなく、自分の文脈に沿った案が返ってきます。

画面にも書いてあるとおり、これは下書きを作る相手で、出力の正しさは保証されません。出てきた案の良し悪しを決めるのは自分です。ネタ切れの「最初の一歩」を軽くする壁打ち相手、くらいの距離感がちょうどいい。作業と同じで、ここでも「下地はAI、判断は人」です。
まとめ:疲れているのは、たぶん「作業」のほう
動画づくりが続かないのは、才能でも根気でもなく、制作と作業をひとまとめにして、作業の重さで制作ごと嫌いになっているだけかもしれません。
- 「制作」=価値を生む仕事(企画・構成・話す内容)。ここは削らない。
- 「作業」=価値を生まない繰り返し(字幕打ち・タイミング合わせ・書き出し)。ここを疑う。
- 次の1本で、両者にかけた時間をざっくり測る。配分が見えると、減らす対象が決まる。
- 一番重い作業は文字起こし・字幕の下地。手で全部やるのをやめて「直すだけ」に寄せると、制作の時間が戻ってくる。
- 制作側の詰まり(ネタ切れ)は、AIに決めさせず「候補出し」の壁打ちに使う。何を出すかを決めるのは自分。
だから今日は、次の1本で制作と作業に何分かけたかをメモするところから始めてみてください。線が見えれば、削るべき作業がはっきりして、制作の時間が戻ってきます。